第十話








TO:ジョルジョル

元気?ジョルジョルは今日は何してたんだい?私はもう電車だよ。仕事帰り(>_<)

FROM:エフ





TO:エフ

元気だよぉ(*ゝ∀・*)ジョルは学校終わって家帰ってきたとこだよ♪帰りの電車すごく混んでたよ(>_<)満員電車ってキライだよぅ↓↓

FROM:ジョルジョル





TO:ジョルジョル

そっか。満員電車って……ジョルジョル何か変なことされなかった!?最近は物騒だから心配だよ。

FROM:エフ





TO:エフ

大丈夫だよぉ☆ジョル、いざとなったら強いしッ(●^∪^●)
エフもお仕事お疲れ様♪

FROM:ジョルジョル





TO:ジョルジョル

本当に?ジョルジョルはかわいいから心配だよ。何かあったらいつでも私に言ってくれよ!ジョルに手を出すやつがいたら私が絶対に許さないから。どこまでも追い詰めてやる!なーんてね☆

FROM:エフ






「…………ぷっ」

パソコンのモニター画面に向かう男から、失笑が漏れた。
ある会社のビルの一室。そこでは何人かが彼と同じようにパソコンに向かっていた。特におしゃべりをしている者はいないが、立ち歩いたり、紙をめくったりする音などがざわざわとうるさく、室内は雑然とした雰囲気であった。

「……もうほんとバカバカ!!なぁーにが『なぁーんてね☆』だ!!笑わせるのもいい加減にしてくれよ!!これだからやめられないんだよなぁ♪」

ひとしきり笑い声を上げ、ヒィヒィと呻いてお腹を押さえながら、キーボードの横においてあるペットボトルを手に取った。水を一口含み、笑いの波が落ち着いてきたところで、彼は再びキーボードに指を走らせた。




TO:エフ

ほんとぉー!?エフ、頼もしい(●>ω<●)v
ジョルのこと、守ってね☆

FROM:ジョルジョル




……所謂サクラである。出会い系サイトに嵌まる男どもを鴨に、同じく出会いを求める女性のフリをしてメールをすることでそのサイトから報酬をもらう奴らである。この一室でパソコンに向かっている連中は男女共に合わせて10人ほどいるが、全てがそのサクラである。

ジョルジュはここでアルバイトをしていた。
窓の外は既に夕暮れ。ゲームセンターやカラオケ店がそろそろ闇の中で自己主張し始める時間。あと数時間後にはここら一体をけばけばしく飾り立てるネオンの明かりが既にひっそりとともり始めている。
学校が終わってすぐにここに向かい、夜遅くまでパソコンに向かい家に帰る。特別時給がいいわけではないが、某ファーストフード店などであくせく働くよりはずっと座っていられるこの仕事は楽だった。何より、面白いこと好きのジョルジュはこの仕事を大いに楽しんでいた。最初は多少の罪悪感はあったものの、慣れればどうってことはない。
大体のメール相手は、彼女募集中のおっさんである。すぐに直接会うことを求めてくるやつらだが、中には変なやつもいる。

「エフってやつはなんで本名名乗らないのかねぇ…エフってことは…Fだろ。F…F…。フレデリック?」

フレデリックが満員電車で揺られながら必死でメールを打っている姿を想像して、ジョルジュは再び噴き出した。しかも、「なぁーんてね☆」とか言ってたらどうしよう……。そんなくだらないことを想像して楽しむことができるのだから、お得な性格である。そのとき、パソコンの画面が新たなメールの着信を告げる。
椅子を、キィと回してジョルジュはマウスを動かす。

「何々…?新しいやつだな。……なんだこいつ?『黄泉の帝王』??」

非現実的で不気味な名前に一瞬マウスを動かす手が止まる。数秒間モニターとにらめっこをし、彼はメールを開いた。





TO:ジョルジョル

写メを送ってくれないか?

FROM:黄泉の帝王





「…………(汗)」


……確かに写メを要求してくる輩は多い。こちらがいくら架空の女性像を作り上げていても、彼らにとっては生の人間関係で、できればお付き合いしたいなどと思っているのだから当然といえば当然。メールだけのお付き合いで終わらせるつもりはないのだ。
だが、この人の場合、唐突過ぎる。しかも、『写メ』などという世俗的な言葉を使っては、折角の仰々しい名前が台無しである(汗)





TO:黄泉の帝王

こんにちはぁ(●^∪^●)
はじめまして…だよね?
写メはちょっと恥ずかしいなぁ〜(≧д≦*)

FROM:ジョルジョル





TO:ジョルジョル

恥じることはない。今撮ったものでいいから、送るのだ。

FROM:黄泉の帝王





「撮ったものでいいから…って…今撮れと?(汗)」

ジョルジュは悩んだ。もちろんシカトしてもいいのだが、このアルバイトはなるべく多くのメールをすることで評価をされる。つまり、有料の出会い系サイトで、会員は一通メールを送るごとにお金をとられる仕組みである。より多くメールを続ければ、時給のアップも見込める。
ジョルジュはとりあえず、なんとか写メは送らない方向で、適当に会話をそらすことにした。しかし、いくらジョルジュがかわいい顔文字で甘えたような文章を作っても、黄泉の帝王は頑として写メの要求を譲らない。

「あーもう。めんどくさいやつだな。どうしよっかなぁ……」

インターネットで可愛い女の子の写真でも探すか…とも思ったが、それはやはり本人に申し訳ない。こんなバイトをやっている割に、変なとこで律儀である。
考えた挙句、ジョルジュはとりあえず自分の顔を撮ってみた。

「……どうみても男だ…(汗)まぁ当たり前だけど…」

携帯画面を見てジョルジュは眉をしかめた。
少し伸びた襟足を見て、そろそろ髪切ったほうがいいかなあ…などと思案する。こないだの美容院は結構良かったけど、初回限定のクーポンで行ったので次からは定価になってしまう。そうなるとちょっと高いんだよな、と悩んだところで、本題に気付く。

さすがにどう見ても男子高校生の写メは送れない。どうすべきか。しかし小心者の彼は他人の写メを悪用するのは憚られた。そして小心者の癖にいたずら好きの彼は何かおもしろいことをしてみたかった。
そこで、よく女の子が写メを撮るときにやるように、斜め上から目が一番大きく見える角度で撮ってみた。すると、女の子に見えなくもない。際どいが、画像を明るくすることでめちゃめちゃ美白のぱっちりアイの女の子ということにする。色が白すぎて、もはやジョルジュであるかどうかすらわからないが、それはそれで好都合だ。

「よし、メール送信♪」

一体黄泉の帝王はどんな反応を示すだろうか。こんなおもしろい名前を名乗るやつのことだから、是非こちらの期待に沿うような反応をしていただきたい。
ジョルジュがパソコンのディスプレイを眺めていると、送信から30秒もしないうちに返信が来た。





TO:ジョルジョル

なるほど。合格だ。
君を私の一族に迎えよう。
明日の正午、ハプスブルク高校の屋上で。

EFOM:黄泉の帝王





……どうやら黄泉の帝王は本当に頭のアレな人のようだ。しかし…。

「ハプスブルク高校…?こいつなんで俺の高校を?(汗)」

……その理由は、黄泉の帝王がジョルジュの隣のクラスの担任だからである(汗)。
まさか黄泉の帝王の正体が自分の学校の教師とは思いもよらない彼は自分の正体がばれたのでは、と背筋が寒くなった。しかも「一族に加える」とか、ちょっと怖い。どういう意味だろうか。黄泉の帝王の一族ってことは……まさか、殺すってことか!?しかし、もし何か危険なことがあったとしても、自分もこんなアルバイトをやっていたのだし、まして自分の写メを送るという最もアホな行為をしてしまったのではっきり言って自業自得である。

「だめだ……。この人とメールするのは危険だっ(汗)やめだ、やめ!拒否ろ……」

送ってしまったものはもう取り返せない。とにかくもう関わらないのが最善の方法だ。
彼からのメールを拒否設定にしてジョルジュは一息ついた。一安心してペットボトルに口をつけると再びメールの受信画面が映る。ジョルジュは顔をこわばらせた。本当の『黄泉の帝王』ならば、もしかしたら受信拒否など通用しないのかもしれない。彼だったらどうしよう…といぶかりながら慎重にメールを開いた。





TO:ジョルジョル

ハァ…ハァ…
ハァ…ハァ…

FROM:ルドルフ☆






(ルドルフって……あいつかーーーーー!!!/滝汗)

人の不幸が大好きな、神出鬼没の根暗の彼は有名人だった。










「えぇーサクラとかちょっと怪しい気がする」
「全然だって!まぁたまに変な相手とメールしなきゃってのはあるけど…絶対コンビニよりは楽だよ。エミリオもやろーよー」
「うーん……」


昼休み、ジョルジュは2組の教室に遊びに来ていた。ギュスゴロウおじさんの一件の後、エミリオに金を請求され、話し合ったところ、意外と気が合うことがわかり、仲良くなったのである。互いにロックウェル、アルマンドという逆らえない人物がいる辺りが似ているのか。
ちなみにエミリオの10万円は猫たちの食費へと消えたのだが、意気投合し盛り上がって話し込んでいたらすっかりお金のことは流れてしまったのである。この辺がエミリオの要領の悪さである。
そんな哀れなエミリオは、アルマンドは怖いらしく、ジョルジュに金を請求したわけだが、もしかしたらアルマンドに頼めば何とか金を工面していてくれたかもしれない。アルマンドは何だかんだ物事の筋は通すタイプなのである。対して、ジョルジュは何事に対しても重きをおかず、今が楽しけりゃそれでいい、というタイプだった。


教室の前のドアで二人が話していると、窓枠に腰かけていたフレデリックがこちらに気が付いた。手を振って寄ってくる彼にジョルジュも片手をあげて応えた。

「よっ」
「よっジョルジュ。何々?二人何話してるの?」
「あのね、ジョルジュのバイトの話。こいつ出会い系のサクラやってんだって」エミリオが言った。
「マジ?そんなんあるんだ」
「あるある。フレデリックもやんない?紹介すると一万円もらえるんだよ〜」
「んー……。でもまぁ、楽そうだね」
「楽、楽。メールするだけだもん。まぁ昨日は変なやついて焦ったけど!なんか自分の名前、黄泉の帝王とか名乗っててさぁ、いきなり写メ要求してくんの。しかもな、怖いのが、写メ見せたら気に入られたらしくて、今日この高校の屋上で待ち合わせとかいって!まぁメール拒否ったし、さすがにいないだろうけど……」
「………黄泉の帝王?……屋上…?」
「そう、なんかよくわかんないけど、写メ送ったら『合格』とか言われてー」
「…………『合格』ね……(汗)」
「まぁそんなやつは稀だけど!どう?やらない?」
「ごめん、遠慮しとく……」

彼が断る理由はもちろん、黄泉の帝王の正体を悟ってしまったからである(汗)
帝王は黒天使探しに出会い系まで利用するらしい。彼も必死である。しかし一体黒天使たちは何のために集められ、何をしているのか。それは今のところは謎である(爆)。








「なぁ、今日はギュスゴロウさんとこ行くだろ?」

アルマンドとジョルジュはギュスゴロウさんがアパート暮らしを始めてから、度々彼のもとを訪れていた。
猫たちに会いにいくためでもあるが、原っぱに暮らしていたギュスゴロウさんのことだ。まともに生活できているか不安でもあった。しかしその不安とは裏腹に、彼の暮らすアパートを訪ねてみれば、その部屋は非常に綺麗であった。……が、そのこざっぱりとした部屋は生活感が感じられなかった。というのは、ギュスゴロウさんは室内での生活に慣れていないらしく、寝るとき以外は未だにあの広場で過ごしていた。これではアパート代が無駄もいいとこである。何とかギュスゴロウさんを普通の人間の生活に慣れさせるため、あれ以来アルマンドとジョルジュは手助けをしていた。
だが、ジョルジュがバイトを始めてからは二人でギュスゴロウさん宅に行くことは少なくなっていた。

「あー、今日は無理だぁ。バイトだもん。今度行くからさ」
「お前、こないだもそう言ってたじゃんか」
「そう?でもギュスゴロウさんももう一人で大丈夫だろ。そんな頻繁に行かなくたって……」
「そんな言い方するなよ。俺らが行ったときギュスゴロウさん喜んでたじゃん。大体お前がやってるバイトだって、あんま良くないよ。人を騙してお金もらってんだろ。出会い系とか、変な人だっていそうだし……何かあってからじゃ遅いんだぞ。最近そういう犯罪だって……」
「あーもう!うるさいなぁ兄貴は!別にいいだろ!兄貴一人じゃ行けないわけ!?」

ジョルジュがアルマンドに声を上げて反論することは珍しかった。二人の関係は自然とアルマンドが主導権を握っている形だったのだ。
ジョルジュはいつもアルマンドの後ろをついてきていた。
二人のそのような関係に慣れきっていたアルマンドはジョルジュに殴られたような顔をした。自分の言うことにごねることはあっても反対することはなかったし、自分がいなければダメなはずだった。

「……あっそう!人が心配してやってんのに、本当にお前はバカだな。勝手にしろよ」

そうはき捨てると、アルマンドはジョルジュを置いてさっさと教室を出て行った。
その後ろ姿を見つめて、残されたジョルジュは、苛立たしげに唇をかんだ。
実際、賭けだったのだ。強引なアルマンドに対して、優柔不断なジョルジュはいつも流されてきた節がある。アルマンドには、絶対にジョルジュは逆らえないという自信があるのだ。もちろん、それは間違いではないし、ジョルジュだってそういうアルマンドに様々な選択を任せて楽をしてきたのも事実だった。しかし、そうも決定的に思い込まれていると敢えて逆らってみたくなるものなのである。
こんなにアルマンドがキレるとは思ってはいなかったが。

――やっぱり公平じゃない。兄貴は怒ってよくて、俺はダメなの?
あれくらいでそんな怒んなくたっていいじゃん。大体、人のことぐちぐち言ってきた兄貴が悪いんじゃん……。


怒りよりもなんとなく悲しい気持ちになった。緩慢な動作でカバンを肩に担いで、その想いを振り払うようにジョルジュは早足でバイト先に向かっていった。